プロローグ

いつしか大地は息づいて息吹を吹き始める。
風が生まれた。
その風は迷いもせずに台地に吹き荒れる。
いつしかその風は大地に吹くことはなくなり、変わりに新しい風が生まれた。
新しい風は今の大地を駆け巡る。
ただ大地に吹き荒れるのではなく、草原を駆け抜け、花をなでる。
鳥とともに飛び、人や建物をかすめる。
風は永遠の旅をするのである

第一章
砂漠に風が吹き、虫がひょっこりと顔を出した。
虫はぎょろりとした目で周りを見渡すと一直線に駆け出す。
ここはまったく緑がない砂漠だ。
普通の虫が食べているようなものは何もない。
しかし虫は生きている。
それは虫が普通のものでないものを食べていることをあらわにしている。
虫が止まった。
日で焼けた虫の表面が日の光を跳ね返した。
虫はじっとそこに寝ている人を観察する。
虫は狙いを定めると己の先端にある角を人の腕に刺そうとした。
グシャリ。
唐突に虫のつぶれる音がした。
地面に少し虫の体液が飛んだが、すぐ乾いた。
虫は死んだ。男はそれを確認すると虫を持って立ち上がる。
思わず男の口から声が漏れる。
「まったく待たせやがって」
男は待っていたのだ。この虫を。
服についた砂を軽く払うと男は自分のテントを目指し歩いていった。
「お帰り。ちゃんと虫は捕まえられた?」
虫を持って男が帰ってくると緑色に身を包んだ少年が
意地悪そうに尋ねた。ウィング・ロードである。
「捕まえられたさ。それよりもウィン、早く解毒剤を作ってくれ」
己の身の安全を省みずに虫を捕まえた男カイオス・セントは言った。
妹の命がかかっているのだ。
カイオスにとってたった一人の肉親だった。
妹が死んだら自分は何のために生きたらいいのか。
カイオスにとって妹はたった一人、自分が生きる理由をくれる人物である。
「安心しな。めんどうくさい作業だけどすぐに取り掛かってやるから。
終わるまで部屋には入るなよ。下手したらもう一回捕まえてもらわなきゃ
なんないからさ」
ウィングは布をサーっと閉めると顔を引き締める。
さぁ作業開始だ。
今年やっと十六になろうと思われる少年はこれでも薬師であった。
いつもは軽口もたたき生意気だが、薬を作るとなれば真剣そのものだ。
少年は頭の中に作りかたを描き、
床においてある自分の袋から調合するための道具と薬草を机に一通り置き、
必要でないものを次々に袋の中に入れた。
今から作ろうとしている薬はウィングにとっては簡単なものであったが、
分量を間違えると強力な毒薬にもなってしまうという厄介なものである。
色も変わってしまうので間違えて飲ませてしまうことはまずないが。
もう一度あの虫を連れてくるまでにこの少女の体力が持つかどうかは保証はなかった。

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